「英ちゃーんっ、聞いてよ!」


新学期特有のゆるさによって課題もない夜、窓を開けて風を招き入れながら雑誌を読んでいた。

ペラリとページがめくれる音と外からの車の音、時々話声が聞こえてくるだけだった静かな空間。それを一瞬でぶち壊し、バターンッと大きく音を立て部屋に入ってきた紺色のブレザー。

はあ、と溜息を栞にして雑誌を閉じた。


「はいはい、落ち着け。そして座れ」

「はい……」


涙目で駆け込んで、ドアを開いたまま仁王立ちしていたのを慣れた様子で目の前に座らせた。慣れた様子、というか実際慣れている。

夜に女の子が部屋に駆け込んでくるという状況に慣れている、なんて軽々しく言えば非難が飛んできそうなものだが、色めいたイベントではない。


それこそ、物心がつく前から一緒に育ってきた幼馴染なのだから。


所謂、お隣さんである笑(えみ)が俺の部屋にやってくるのに一分もかからない。笑が俺の部屋に入ったことは一度や二度ではないし、逆もまた然りである。

そして、今日のように泣きながら部屋のドアに危害を加えられることも両手どころか足を使っても数えられないくらい経験してきた。

こいつがこうやってやって来るときは大抵、しょうもないことなのだ。どうせ弟の優李(ゆうり)にアイス食べられたとかに決まってる。


「で、どうしたんだ?」

「あのねっ、優李があたしのアイス食べちゃったの!」

「………」

「ひどいよね? この前もプリン食べられたし」

「……そうだな。また俺が買ってやるから泣くな」

「ホントっ? 英ちゃん大好き!」


仕方ないとばかりに色素の薄い髪を撫でれば、ぱあっと音が聞こえてきそうなほど笑顔になる。ゲンキンなやつだと苦笑しながらも、満更でもないのだ、俺は。

こんなくだらないことを聞いてやるのも、泣きそうな顔を可愛いと思うのも、笑顔に胸が高鳴るのも、好きだから。


こいつのことが好きだからだ。