たとえどんなカタチででも“ピアノ”というものに関わってさえいれば、いつかまたセンパイと会える日だってくるのかもしれない、って……

ココロのどこかでそんなふうに思ってたのかもしれない。


だから千恵のクチからセンパイが結婚する話を聞かされたとき、あたしは将来のかすかな希望の糸さえもプチッと断ち切られたような無力感にみまわれた。



きっとあたしは今でもセンパイが好きだったんだと思う……。



気がつくと季節は冬へと変わっていた。

東京の日暮れは早い。
コンビニのバイトを終え、電車に乗ったときはまだ明るかったのに、駅を出ると辺りはもうとっぷりと日が暮れていた。

寒空のもと吹く北風は冷たい。

でも今夜も、あの若い男の人は誰にも見向きもされないのに路上ライブをやっている。

冷たい風が、あの男の人がうたう暖かいラブソングが運んでくる。

「………」

まるでミツバチが甘い蜜の香りに誘われるように、あたしは男の人のほうに歩いていった。