「すまない、彼は自分が何者なのかを知らないのだ。もし、知っているなら──」

「ああ、知っているとも。それで後悔しないというのなら、教えてやろうじゃないか」

 思っていたよりも快い返事に一同はほっとしたが、後悔しないならばという言葉は少なからずもひっかかる。

「シレアよ、己が何者なのかを知る前に、私の事も忘れていよう。仕方なし、我々の前からお前が姿を消したのは三歳のときだったのだから」

 マイナイの言葉と声に、シレアの視界は急速に歪み薄暗くなっていく。

 目の前の風景は勢いよく中心に集まり、それと共に幼少の記憶が霧の立ちこめるなかに浮かび上がる。
 歪みはさらに勢いを増し、知らない建物、知らない人々の姿が脳を圧迫するように折り重なっていった。

 それがどういった記憶なのかを計り知る暇もなくふいにそれらはかき消え、元の場所に戻ってくる。

「皆も座られよ」

 それぞれに腰掛けるように促し、マイナイも椅子を戻して腰を落とした。

「さて、何から話せばよいかな」

 男はこのときを待ちわびていたように笑みを浮かべ、優雅にデスクの上で手を組んだ。