「春…」



自然に口にしていた。
開け放した窓から雪が降るみたいに、花びらがハラハラと落ちて、たちまち膝の上に薄紅色の小さな水溜まりが出来上がる。

幼稚園からは子供達が繰り返し童謡を歌ってるのが聞こえた。



黒ヤギさんからお手紙着いた
白ヤギさんたら読まずに食べた
仕方がないのでもう一度書いた──




私は便箋を封筒に戻し、片付けてなかった段ボールへ入れた。



ごめんね。



多分、それが彼の精一杯の言葉。
だけど、私にはただ辛いだけの言葉。

やっぱり、手紙は書けない。
そう思った。



一つずつ花びらを拾い、それを風に預け、ぼんやりと眺める。
花びらはゆっくりと舞いながら、地面に吸い込まれるように一つ、また一つと落ちて茶色の土に斑模様を作った。

やがて太陽が雲に隠れ、街に影を落とし、遠くで雷が鳴り響き、それを合図に雨が降り出す。
みるみるうちに斑模様は流れ、道の縁に留まって宛てもなく揺らいでいた。


それは、冬より少し短い嫌な季節の始まりを告げる雨だった。