名前で呼んで。



シロが東京に行こう。と言った夜、初めて一緒にベッドに入って、お互い気まずくて明後日の方向を向いたまま寝かけた時、彼がそう言った。




「白川?」



私は至って真面目にそう訊いたが、彼は吹き出す。



「はぁ?普通、下の名前だろ」


「…春?」


「何で疑問系だよ。馬鹿じゃね」


「ハル」



呼び慣れない名前を繰り返すように言葉にすると、何だか照れ臭い。



「……だよ」


「え?」




彼が何か言ったけど、それは良く聞き取れなかった。
私は頭の中で[ハル]と何度も確かめるように描きながら、もう一度呼んでみようと口を開きかけて止めた。




寒い。

東京にも雪が降るんだろうか…

寝返りを打って窓を見上げてみるが、カーテンは締め切られていて空を眺めようがない。
仕方なく布団に潜り込み、目の前にある彼の髪に手を伸ばしてみる。



触れたら折ってしまいそうな気がしてたけど、その髪はとても柔らかい感触だった。

見とれてしまうほど綺麗で、吸い込まれそうなくらい漆黒の深い海のような色。
それは指先を通る度、はかなく、淋しくて、悲しげに見えて泣きそうになった。