フード付きのトレーナー、脅す為の道具と逃げられない為の手錠。
私がどういう行動を取るか、を考えて用意周到に台詞まで準備している。
これが計画的犯行じゃないなら、犯人は相当な愉快犯であろう。

よりにもよって、世間じゃ《オバサン》と呼ばれる主婦の私を選んだのだから…


カーテンの隙間から漏れる色はオレンジに変わり、部屋に描いていた線は消えかかっていた。
それでも日差しは強く、焦げ茶色した床をほんのりと照らしている。
それを見た私は、またグラタンの事を思い出した。

お昼には食べれた筈のグラタンはきっと、トースターの中で誰に気付かれる事もなく、腐食して干からびた後には跡形もなくなってしまう。

まさに今の自分とピッタリだ。と思った。
でも、綺麗に形良く、お皿に彩られた具材のように切り刻まれない分、私はまだマシなのだ。とも思った。


犯人は、私の背中を脅したきり、手も足も、口さえ出して来ない。
それどころか、その道具の存在さえ見せない。
何もかもが無意味のような気がして、逃げようとか、何とかしようとか、そんな思考さえ奪われて行く。



あぁ、そっか。
元々、意味無いんだっけ…



そんな事を考えながら、無意識の内に足が伸びて、小さなテーブルの端を思い切り蹴っていた。
繋がれてなければ、明らかにダメージを受けそうな物を投げつけてたかもしれない。

男の背中が済ましたように見えて、何だか無性に腹が立った。