優しかった彼女はもう何処にも居ない。


自分は偶像を描いていたのだろうか…

私は縋るものを無くし、肩を落とす。



「まぁさ、細かい事は気にしないで、此処に居ればいいんじゃねぇの? 」

シロは既に灰になったタバコを落とさぬように灰皿へ持って行き、用心深く押し付けながら話を続ける。


「とにかくさ、リリーは逃げたかった。俺は手助けをした。それでいいじゃん」


「……」


もう、どうでもいいだろ。そんな風に聞こえて、私は言葉を失った。



「あのさ、俺これから彼女迎えに行って、自宅に送らなきゃならない訳。てか、時間過ぎてるし」



これ以上は時間の無駄。と言うように彼は玄関に向かって行く。



「ねぇ」

「なに?」



ドアに手を掛け彼は振り向く。
その顔が余りにも優しげな表情で、私は言葉を飲み込んだ。



彼は困ったように短い息を吐き

「ベッド使っていいから、少し寝たら?」


そう言って笑みを投げかけ、ドアを静かに閉めた。




私はシロと言う名の彼女に、いったい何を見てたんだろ…


彼の拙い言葉から、答えを導く事は出来ず、私はカーテンを少し開け、ぼんやりと窓の外を眺める

紺色で塗られた平らな空に、三日月がぶら下がるように浮いていた。