「あ、彼女戻ってくるわ。少ししたら送って行くからさ、勝手に出てて」


シロが言った後、彼女は慌ただしそうに戻って来て、やばい。とか、遅れる。とか、騒ぎながら身支度を進めている。
徐々に落ち着きを取り戻し、騒ぎが日常の音に紛れる頃。

どこからともなく、有名なアニメのテーマ曲が流れて来た。

いい天気─と、気持ち良さげに伸びて行く歌声は、まさに私のポケットにある携帯が発していた。

笑えない。

1フレーズ歌い終えて満足した携帯は、二度目に差し掛かる所で切れた。
押し入れの外で、念入りにドライヤーで仕上げをしている彼女の手が止まる様子が伺えた。

ぶぅん。と、ドライヤーが止まる。
シロは慌てる様子もなく言った。


「もう、いいじゃん。早く行こ」


だが、彼女は納得しないようで、こちらに近付いて来る足音が聞こえた。

ベッドが軋む。

シロが「遅刻するって」と、たしなめる。



「ねぇ」

彼女が口を開いた。
まさか、私に向かって話し掛けてる?
そう思ったが、シロが素早く返事をした。


「なに?」

明らかに不機嫌な口調だ。

それを感じ取ったのか、彼女は


「ここ、壁薄くない?さっきの聞いてたりして」

そう言って、含み笑いをした。


「じゃぁ、もうしなきゃいいだろ」

シロの言葉を皮切りに喧嘩が始まり、騒々しさを引き連れて2人は部屋から出て行った。

私は、足が吊りそうになりながら戸を開け、雪崩れ込むように床に落ちると、そのまま部屋の静寂さに倒れ込む。
もう外は暗く、月明かりが床に線を描こうとしていた。