「砂漠に入るのは久々です。」



宿舎で、ポツリと花英は漏らした。



灯りをつけると暑いので、星明かりで過ごす。



「お前、子州か丑州の出身か?
それにしては肌の色が…」



口にしてはっとした。



「いいのですよ。
隠すつもりもありませんし。」



花英は気にする風もなく笑った。



その表情が、夜の砂漠のように冷たい。



身売り。



獅子の頭に浮かんだのはそれだった。



広大な砂漠地帯では、違法行為が日常茶飯事に行われている。



軍や役人が取り締まりきれないのだ。



それは土地が広大だからという理由だけではない。



国の怠慢。



一番の原因だ。



腐り始めはやはり熱帯地方からなのか。



「もうすぐ新月だな。」



見たままの光景を口にしていた。



我ながら下手な話の逸らし方だ。



「姫が心配です…
赤様の力が薄れる時ですから。」



意外に食いついてきた。



「早くお会いしたい―…」



そう言った花英は、憂いを帯びている。



「それを渡すためか?」



「そうですね。」



「でもなー、追いついちまえば、俺たちは連れ戻さなきゃならねーんだぞ。」



そう口にして、自分は王を連れ戻したくないのだと気づいた。



―なぜだ?



「わかってます。
その時の策はすでに。」



「―っておい!
お前、俺にいったい何を…」



獅子の顔を見て、花英はくすくすと笑った。