一歌は楽屋で安堵の息を漏らした。
完璧に歌えた。
「最高じゃん」
一歌はその声に顔を上げた。
「お久し振りですっ」
一歌は慌てて立ち上がり、頭を下げた。
まさか、自分の楽屋に修二が訪れるとは思っていなかった。
そして、着替えを済ませたら、自分から挨拶に行くつもりでいたのだ。
「何か悪いね。こんなタイミングで」
修二は罰が悪そうな表情で頭を掻いた。
笹原の予想通り、報道陣の質問は、修二の破局に集中した。
明日の朝刊の一面は、『浅田修二、破局についてコメントなし』で一色だろう。
「いいえ、ちっとも」
二年の歳月が流れたとは思えない程、修二は何も変わらない。
一歌は目映いばかりの彼の顔を凝視出来ず、俯いた。
恐らく新聞やニュースには、一歌が歌ったことなんて、小さくしか取り上げられない。
修二はそれを気にして、一歌の元に来たのだろう。
一歌は大して気にしていなかったが、修二に謝られると、かえって気になってしまう。
「あの……本当に別れちゃったんですか?」
一歌は遠慮がちに訊いた。
実際のところ、気になって仕方ないのだ。
舞台上で完璧に歌えたのは、恐らく奇跡だが、プロ根性だということにしておいた。
「ああ、うん。でも、別れたのはだいぶ前だけど」
修二は苦笑いしながら答えた。
「え、だって、結婚間近って」
「あんなのでっち上げだって。
いっちゃんだって、この世界短くないから知ってるでしょ」
修二の言葉に、一歌は小さく頷いた。
一歌は未だ経験したことはないが、そういうことがあるのは知っていた。
「何で別れたか、訊いてもいいですか?」
ただの好奇心ではなかった。

