「もう、今日はその話題で持ちきりかもね」
笹原が少しうんざりしたような顔で言った。
何とか間に合った一歌の髪からは、シャンプーの甘い香りがする。
一歌はその匂いを吸い込んだ。
「かもね」
一歌は車の窓から、外を眺めながら答えた。
今日は、修二主演の映画の完成披露試写会だ。
一歌はその映画の主題歌を担当させてもらえることになり、今日は、その舞台で歌う予定だ。
戦争をテーマにしたその作品は、海外で公開されることも決まっている超大作だ。
笹原が大事な仕事だと言っていたのは、その理由からだ。
一歌の目線では、修二と堂々と、胸を張って向き合える機会、という意味で大事な仕事だ。
自分の力で、ようやく修二と同じ作品に関わることが出来る。
修二と同じ舞台に立っても、今の自分なら、恥ずかしくない。
そう色々と考えていたのだが、今の一歌の頭の中はそれどころではなかった。
まさかの破局だ。
二人が一緒にいるのを見たのはただの一度きりだが、あんなにお似合いの恋人同士は見たことがない程だった。
他人事といえばそれまでなのだが、一歌のショックは大きかった。
二年前の自分だったら、どうだっただろうか。
今がチャンスと謂わんばかりに、修二に近付こうとしただろうか。
いくら考えても、答えは出なかった。
当たり前だ。
今の自分は、二年前の自分ではない。
一歌は窓に頭をつけて、気を落ち着かせた。
こんな気分のままでは、きちんと歌えない。
一歌は車の中で、何度も深呼吸をした。

