彼女のイヤホンから漏れる曲はさっきと変わってない。
 
お気に入りなのか、一曲リピート。
 
曲は変わらない。
 
彼女の視線も変わらない。
 
無言の圧迫感に俺はテンパる。
 
「モリノさ、喋れんじゃん。俺、もっとモリノと話したいんだけど。なんで、答えてくれないの?」
 
聞いてしまった。

テンパって、今まで我慢していたことが口から滑り落ちてしまったのだ。
 
おそらく、彼女が一番聞いて欲しくないだろうこと。
 
しかも、ちょっと、責めるような口調で。
 
全然責める気なんてないし、彼女には彼女なりの理由があって喋らないんだろうって分かってる。
 
ほんとに、ただたんに彼女と話がしたいだけなんだけど。
 
彼女には、伝わっているだろうか。
 
沈黙。
 
沈黙。
 
沈黙。
 
彼女は、何も言わないまま、外していたイヤホンをはめた。
 
iPodを取り出して、操作してる。
 
街灯よりも明るい画面の光に、彼女の顔が照らされる。
 
感情の分からない、いつもの仏頂面。
 
iPodをポケットに仕舞い、彼女は俺に一瞥くれると、
 
やっぱり何も言わないまま去って行った。
 
視線が合った時に、彼女の瞳の奥が揺らいだ気がする。
 
その揺らぎが何を意味するのか、今はまだ分からない。
 
俺には、彼女を追いかけることが出来なかった。
 
彼女を引き留める理由も、権利もないから。
 
もしかしたら、話しかける権利もなかったのかもしれないけど。
 
だけど。
 
今日のことに後悔はなかった。

またひとつ、彼女を知った。

驚いた顔とか。

綺麗な歌声とか。

多分、俺だけが知ってる。

彼女はまだ、俺の知ってる世界にいるんだ。
 
教室で、ひとり異世界にいるのかもしれないとか思ってたけど

そんなことはなかった。

だって、彼女の耳に流れる音楽は、まぎれもなく、この世のものだから。