それでも俺は何をしゃべったらいいか分からず、ただ傘を差し出すだけであった。

 それの気付いた彼女が、少し驚いた表情を見せたがすぐに

 「この傘借りてもいいんですか?」

 と聞いてきたので、俺は心の中では、

 「こんな雨の中大変でしょう。僕に気に掛けずに使ってください」

 と紳士な言葉が浮かんでいたが、実際は

 こくり

 と頷くことしか出来なかった。

 それでも、

 「ありがとうございます。私今日財布忘れちゃって困ってたんです。」
 
 と、艶かしい顔からあどけない笑顔に変わり、おれを眺めている。

 かわいい。

 改めて感じた。だけど俺は緊張してしまい言葉が出ずにただ、ただ傘を差し出すだけであった。

 やがて彼女傘を受け取り、

 「ほんとうにありがとうございます。今度お礼しますね。よかったら連絡先教えてもらえますか?」

 きたー。出会いのチャンスだ。でも俺は考えた。ここで紳士なら

 「いえいえ、名乗るほどの者ではないですから」

 と言って立ち去るのがかっこいいのではないかと。

 その考えとは裏腹に俺はすぐさま手帳を取り出して、電話番号とアドレスを渡したのであった。

 「では、ありがとうございます。連絡しますね。」

 と言い、雨の中を歩いていったのであった。

 ほんの5分もないやりとりだったが、その間に嵐から歩けるくらいに雨が弱まっていったのが何よりの出来事であった。