藍希のお父さんは世界中でコンサートがある、有名ピアニストだ。
年中、いろんな国を訪れて、演奏を披露している。
家に帰ってくるのは、お正月の数日間くらいなものだった。
でも、国が変わる度にそこの綺麗な絵葉書を送ってくれるし、週一度の電話も忘れない。
いろんな話を聞かせてくれるから、藍希は離れていてもお父さんが大好きだった。

藍希のお母さんは、お父さんと一緒に回っている。
お父さんは藍希が小学生に上がる頃には世界を股にかけるようになったが、お母さんは藍希が小学校を卒業するまでは一緒に暮らしていた。
けれど、藍希が中学に上がる春休みにお父さんが栄養失調で倒れ(お父さんは根を詰め過ぎると食事をしなくなる)、それ以来お母さんも一緒に回っているのだ。

日本に残した藍希と和司のことは、親友である淳のお母さんが世話をしてくれている。
もう、淳の家族とはもう一つのマイホーム同然だった。


それでも和司は、普段はのほほんとしているくせに責任感は強いから、藍希のことになると心配性なのだ。


「でも、今日は講義ないからずっと家にいられるからな。
今日は俺が看病してやるよ」

ご機嫌に藍希の髪を掻き混ぜる和司。
藍希はちょっと申し訳なくなりながら、少し肩を竦めた。

「でもお兄ちゃん。熱も下がったし、藍希もう大丈夫だよ。
今日は学校も行けるよ」

「だぁめ。
昨日の今日だし、今日も休め?
てか、もう昼だし」

にっと和司はいたずら好きな子供のような笑顔を浮かべた。

驚いて時計を確認すると、案の定、既に4限目の授業が始まっている時間だった。
もう行っても間に合わない。
藍希は諦めて肩を落とした。

「ほら、落ち込んでないで昼ご飯食べようぜ」

腹減っただろう、と問に気づけば、お腹がぐうと音を立てた。