「…………藍希ぃっっ!!!」

その声にはっとする。
まさかと耳を疑いながら、藍希は声の方を振り返ろうとした。



…けど、出来なかった。



藍希が振り返るよりも先に、後ろから抱き締められる。


荒い息。
熱い腕。
肩口に埋められた頬を伝う汗。

「バカか、お前…」

「………淳、兄……?」

藍希の声は疑問形だったが、答えは既に確定してるも同然だった。

腕、が。

声、が。

息遣い、が。

全てが藍希の疑問を肯定する。

「…ぇ……。ど、して…?」

戸惑い、震える藍希の身体を反転させ、淳は藍希と向き合った。
淳の腕が伸びて、藍希の頬を拭う。
藍希はそのときになって初めて、自分が泣いていたことに気づいた。

「和(かず)から連絡があったんだ。藍希が迎えに行った、って。
だから待ってたのに、お前全然来ないから…。
もしかしてここかなって、来てみた」

当たってて良かった、と淳は笑った。

「ったく、お前病み上がりなんだから、待ってたら家行ったのに。
風邪がぶり返したらどうすんだよ…」

苦笑する淳だが、声は優しい。
藍希は泣き顔を見せるまいと、少しでも俯く。

「だって…。外の風に、当たりたかったから…」

「それ、本当か?」

淳は藍希の頬を右の手の平で包むと、そのまま顔を上げさせた。
にっと笑う表情は、昼間の和司によく似ていた。

「俺は早く藍希に会いたかったけど?」

にっこりと微笑んで囁く淳に、藍希は頬を赤く染める。

「藍希は、俺に会いたくなかったの?」

そんなわけないよな。
俺を迎えに来てくれたんだし。

そう言っていたずらに笑う淳に、藍希の瞳にまた涙が溜まった。