「……大丈夫」


取り乱した紅もその腕を引き止めていた恋宵も、どうすればいいかもわからずただ狼狽えていた聖も、その言葉に、動きを止めた。


「な……にが、」
「大丈夫ですよ。あの二人は」


古くて汚い扉を真っ直ぐに見つめたまま、妙に確信のこもった口調で、彼は言う。
その言葉にはどこか、根拠もわからないのに人をやけに落ち着かせる、よくわからない力があった。


「なぜ……そう言える、そんな保証がどこに」
「大丈夫、向こうには、俺たちに危害を加えちゃいけない理由がある」
「は……?」


訝しげに眉を寄せる。

確かに、なんの罪もない日本の学生を傷つけて、相手の立場が不利になるのは当然のことだ。
だがそれを、夏生たちの素性も知らないようなチャイニーズマフィアや、犯罪組織と繋がりのあるイギリスの実業家などが、考えるだろうか。


「時間稼ぎだったんですよ。俺たちのじゃなく、向こうの」
「え?」
「紅先輩でも、他の誰でもだめだったんです。向こうが本気で抑えに来れて、それなりに抵抗できて、でも大人に数人がかりで来られたら勝てないぐらいが丁度よかった。だからあの二人だったんですよ」
「夏生……? お前、なに言ってんの、」
「直姫。お前も、わかってんだろ?」


ふいに、曲がることを知らないその視線が、こちらを向く。
さっきまで、彼には不似合いすぎる薄汚れた扉に向けられていた視線だ。

かけられたのは、さっきと同じ問いだった。
足りなかった部分を、少し補正してはいるが。