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『うがあああああ!!』
「きゃー!」


暗闇から、緑色のライトで照らされたゾンビが現れる。
唸り声を上げて手を伸ばしてくるが、あと少しのところで柵に邪魔されて、通路へ出てこられないようになっていた。

それを表情一つ動かさずに眺めた夏生は、もう何度目になるかわからない溜め息を吐いた。
里吉の面白がったような悲鳴にも、薄暗さにも、チープな演出にも、すっかり辟易していた。

この角を曲がればもう出口のはずだ。
どうせまた曲がったところにお化けが飛び出して来るのだろう、と予想したら全くその通りで、ついに溜め息すら出なくなる。

里吉とは、最後にお化け屋敷、という約束だった。
やっと帰れる、という思いで、ちらりと振り返る。
斜め後ろ、さっきまでの里吉の定位置を確認して――夏生は、もう一度、振り返った。

里吉が、そこにいなかったのだ。

今しがた曲がった角を覗き込んでみても、誰の姿も見当たらない。
そこで少し待ってみるが、通って来た道を来る様子もなかった。
絶えずBGMや効果音が流れているおかげで、足音も拾えない。


「……サトちゃん?」


怪訝よりも、まさか、という思いが勝る。

狙われているなんて馬鹿な、と思ってはいたが、理事長の裏付けがあっては、疑い切ることは夏生にはできなかった。
マフィア云々は眉唾だとしても、わざわざボディーガードまで付けられている。

それを出し抜いて、人目の多い遊園地に遊びに来た。
散々目立ちながらうろついての、お化け屋敷。
薄暗くて狭く騒がしい、こんな場所、人を誘拐するにはうってつけではないのか。