『なーんか、すごい魔術士がいるらしいだけど、ここからじゃ見えないのよね…』

彼女の言うとおり、確かに周りを囲んでいる人が多く、こんな手前からでは奥がほとんど見えない。
ファリナはふっと右隣に立っているその女性を見た。

肩までもない短い黒髪に、上は白いTシャツ、下は膝までしかない薄い綿生地の黒いズボンを履いている。…それと、首からヒモでぶら下げた白いエプロンをしているのだが、赤の蛍光色で前方にでかでかと次の文字が書かれている。
【味よりも量! 種類よりとにかく量!
来たれ、大食いの猛達よ!
冒険野郎"大食い亭" 食べ飲み放題3000sより】

この辺りで有名なお店の一つだ。

ただ有名といっても美味しいという名の観点からは完全にズレている店で、とにかく料理はすべてにおいて美味しくない。それでも営業が成り立っているのは"食べ放題"という事につられた客が立ち寄ってしまうからであろう。

彼女はその店の従業員らしいのだが、ファリナはその事には触れず彼女が言った言葉について考えていた。

『……じゃぁ、あの中にライラックが…』

ファリナはそう呟いた。