恋と魔術のはじめ方

いまだに目の前に存在するひとりの男をライラックは見た。
盗賊ダチュアだ。

ビクッと反応したダチュアは目を泳がせている。

『これみたいに、消しちゃおうかな〜』

いつの間にか手元から消えていたナイフが、再びライラックの手のひらにあった。

当初の面影もなく、小刻みに震え出したダチュアは頭部を何度も横に振っている。

そして、短い鼻に汗をかきながらしどろもどろな感じで、

『…う、あ…ああ…うわぁぁ〜』

ダチュアは振り返ると一目散にライラックから逃げようとする。一刻も早く、逃げようとするが足がすくんで、途中何度も転けそうになるが、両手で地面を抑え支えている。

『ど、どけぇ〜!!』

観衆のところまでたどり着くと両手でかき分け、中へと入っていく。

……。

黙って観衆も道を開けた。あまりにも盗賊の無惨なその変わりように、ある種の哀れみを覚えたからだ。

すると、新しい玩具を欲しがるような表情のライラックが、

『フワァ〜、あの金髪のお姉さんが戻ってくるまで退屈だし、次は誰に遊んでもらおうかな…』

と、本気か冗談か分からない様子で、観衆を左から右へと半円を描くように見始める。