「傘持ってないんだっけ。」
鼻を噛み終えたであろう彼女が吉昭に問いかける。
吉昭は、占いの女子アナウンサーへの愛を再確認している途中で、彼女の問いにあたふたしてしまう。
「はい…。持ってないです……。」
「傘パクっていけばいいじゃん。」
「いや!それは僕の良心が許しません!」
彼女が当たり前のように言い放つので、真面目な吉昭は、少し強めに反論する。彼女がそんな吉昭を見て嘲笑したように見えたが、気のせいと思うことにした。
「じゃぁあたしの傘使えば?いつか返してくれればいいし。」
彼女はそう言って、自分の折りたたみ傘を吉昭に投げ渡し、なんの罪悪感もなく、傘立てにあった壊れ掛けのビニール傘を取り、吉昭に背を向けた。
吉昭はお礼も注意もすることができず、彼女が完全に見えなくなるまで立ち尽くしていた。
彼女は傘はいつか返してくれればいい、と言った。つまり、吉昭が再び彼女に会うために正当な理由ができたというわけだ。
いつもは無信教派と周囲に漏らしていた吉昭だったが、今日の様々な因果を神に感謝せざるを得なかった。