「ねぇ憂依」
「ぁんだよ、早く行くぞ」
そんなに経っていないハズなのに酷く懐かしく感じる倉庫を前に、あたしの足は進まなくなった。
「あたし…やっぱり帰るわ」
「…喧嘩売ってんならローンで買うぞ」
ローンかーい。
ってそうじゃなくて。
本当に戻って良いのだろうか。
だってあたしは腐っても紀憂家の人間で。
憂依はあの霧生家のご子息様で。
この世界に身をおいてる以上、自分達は気にせずとも周りが黙ってない。
それに翔龍桜の皆を振り切ってRainに行った。
こんな裏切りみたいな真似して、今更戻ってきたあたしを許しはしないだろう。
進まないどころか震えそうなあたしの足は、ほんと使い物にならない。
まるで錆びついたブリキのオモチャの様だ。
「言ったろ。」
「……?」
「『俺にはこの音寧々が全てだ。
他の情報なんていらねぇ』」
「……あ、」
以前女達に絡まれた時に憂依が言った言葉だ。
…そっか、憂依は全部知ってるんだっけ。
知ってるから。
知ってるからこそこの言葉を言ってくれたんだ。
「色んなハナシは耳に嫌でも入る、俺も片足突っ込んでる身だからな。
けど過去に何かあろうが、俺にとっては今のこの音寧々が居て、そんでもって今此処にいる」
それだけでいい
とあたしの頬を節ばった大きな手が包む。
「俺だけでいい。
俺の隣に居るときだけ、家とかハナシとかクソどうでもいい柵はその辺に捨てろ」
あたしはあの時決めたんだ。
決意したハズだ。
泣かないって
涙は絶対流さないって。
決め、たのに。


