「でもそれなら、吉村先輩もなにも転校することなかったのにね?」
「本当かどうかわかんない噂でも、広がっちゃったら収拾つかないし……それが一番よかったんじゃない」
「そうかなあ……他になにか方法なかったのかな」


眉尻を下げる真琴に、直姫は小さな溜め息を吐いた。

この人といい紅といい、どこまで人が良ければ気が済むんだか。
あれだけ怒鳴られて、謂われのない罵倒まで受けて、それでもまだ吉村の心配までする真琴の神経が、直姫には到底理解できない。


──「なんでも揃っている奴にはわからない」。


あの時吉村が言った言葉に、真琴は過剰なほどの反応を示した。
あの時浮かんでいた表情は、明らかに、怯えと深い悲哀だったはずだ。

なにかあるのだろう、とは思ったが、直姫はなにも聞かずにいた。
なにか言いたげにしている直姫を見て、真琴は困ったように笑って、言ったのだ。


『僕、小学校の頃、苛められっ子だったから……ちょっと、思い出して怖くなっちゃって』


ごめんね、と言った真琴に、直姫はなにも言わなかった。
どうして謝るの、と言ったところで、彼にとってはなんにもならないことは、わかっていたからだ。

よくある話だ。
自分自身の過去も、思い出さないでもない。
今、わざわざこうして、性別を偽ってここに通っている理由も。

だが、それからの真琴の様子を見る限り、特に気にして気落ちしているふうでもなかった。

もう吹っ切れているのか、それとも若手一の演技派俳優の名は、伊達ではないということなのか。
この短い付き合いの中で、どちらか判断する材料は、まだ揃っていない。