丸井は数日前、生徒会室を訪ねて来た。


吉村出版と丸井印刷のビジネス上の関係は結局以前と何ら変わらず、それどころか親たちは、今回の騒動も息子同士の関係も、なにも知らないままらしい。

それでいい、このままで、と、丸井は言っていた。

吉村が登校拒否になった理由を、父親が知っているのかどうかはわからない。
夏生がなにか手を回しているとしたらその辺なのだろうが、それとなく尋ねた彼はなにも言わず、ただにこりと口元で笑っただけだった。

盗撮のターゲットになっていた恩田聖菜には、丸井が直接謝罪をしたようだ。
中等部の頃から吉村に付きまとわれていた彼女は、丸井が使いっ走りのような扱いを受けていたことも知っていたようで、むしろ彼に同情的なくらいだった。
カメラの存在をアピールしただけで実際に盗撮はしていないこと、吉村に脅されて断りきれなかったこと、吉村がきっともう悠綺高校にはいられないことを話し、理解を得たようだ。

それでも自分が行ったのは犯罪行為なのだから学校を去って警察に出頭しなければいけないと言った丸井を、そんな必要はないと止めたのは、意外なことに、紅だった。

丸井が盗撮犯だという証拠は、どこにもない。
そもそも盗撮をしていないのだから、写真もなにも残っていないのだ。

犯罪として立証することはできないのだから、せめてここに残って、きちんと誠意を見せるべきだ。

そう言った紅は、はじめこそ盗撮犯に対する嫌悪をあらわにしていたというのに、吉村の卑劣な行動のほうが許せなかったらしい。


良い人なのだろう。

良い人だが、簡単で、単純だ。


真琴や聖や恋宵までもがすっかりその気になって丸井を激励している中、やけに冷めたことを思っていた自分に、直姫は気付いていた。
そして似たように冷ややかな表情を浮かべる人物が、他にいたことにも。