揺れる桜の枝を、直姫は遠くから見ていた。
目の前の木は、一昨日根元にござを広げた、あの一番大きなソメイヨシノだ。
緩やかな風にさえ耐えきれずに、時期の過ぎた花びらが千切れて舞い落ちていく。
その様を眺めてから、直姫は隣に目をやった。
高い鼻と細い顎。
長い睫毛が時々震える。
夏生先輩はほんとに女の人みたいだ、と直姫は思ったが、口にしないほうがいいことは、さすがに学習していた。
直姫にだって、これ以上出して困るぼろはたくさんある。
地雷は踏まないにこしたことはない。
薄く開けた扉の隙間から、桜並木がどんどん影を濃くしていくのが見えた。
「五時過ぎましたね。暗くなるのが早いな……」
「山の麓だからね。直姫、向こう見えてんの?」
「端の桜ですか? なら、見えてますよ。人が登ればさすがにわかると思います」
「へえ……ほんとに目いいんだ」
悠スポによって、昨日の朝には全校に盗撮犯の存在が知れわたったはずだ。
だが、それを承知で、犯人は昨日もう一度ここへ来た。
明らかに、見つからないようにやろうという考えは捨てている。
ならば、今日も来たっておかしくない。
それならば裏庭で見張っていればいいのではないか、という安易な考えで、生徒会役員全員で盗撮犯を待ち伏せすることに決まったのだ。
夏生と直姫は今、例の木から一番遠い、校舎中央あたりに位置する裏口で待機している。
「ホントに来るんですかね……」
「さあね。」
呆れたような疲れたような、ため息混じりの声を出した直姫に、夏生は答えた。
答えになってはいないが、生徒会室にいる時の夏生は、いつもこんなものだ。
気のない返答に焦れて、直姫が例の木へ投げやりな視線を戻した、その時だった。
風は止んだはずなのに、桜の枝が、揺れていた。


