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「あ、西林寺くん! おはよう」


翌朝、南校舎のアーチを潜る人波に乗っていた直姫の背中に、声がかけられた。
振り返ると、探すまでもなく、見知った顔がそこにあった。


「あ……佐野くん。おはよう」
「昨日は慌ただしくて気付かなかったけど、同じクラスだね。僕、特待生ってクラス分けられるんだと思ってたよ」
「同じクラスにまとまってたほうがなにかと楽だとか、先輩たちが言ってたけど」
「うん、どういう意味なのかな」


控えめな苦笑い。
映画なんかでよく観る顔が目の前にあることに違和感を感じながら、直姫は言った。


「直姫でいいよ。呼びにくいでしょ、名字」
「あ、ほんと? じゃあ僕も名前でいいよ」
「わかった。ところで、真琴」
「え、あ、呼び捨てなんだ」
「後ろ」


え、と声を出して彼が振り向くその前に、それは起こっていた。

「へあ!?」という変に裏返った声と共に、真琴が後ろに仰け反る。
その首にしがみついたままけたけたと笑い声をあげた人物に、直姫は言った。


「おはようございます、恋宵先輩」
「おっはよん!」


伊王恋宵は片手を真琴の首から離して、指先をひらひらと動かした。
ようやく体勢を戻した真琴も、律儀に挨拶をしている。

ちなみに名前呼びは、昨日恋宵と聖が強制的に二人に課したことだった。
別にはじめての後輩でもないだろうに、名前に先輩付けで呼ばれることに憧れていたらしい。
准乃介がちゃっかり名前でいいよ、と二人に言っていたのもあるだろう。