本当は一人で地元で下宿でもして親父の帰りを待ちたかった。

この2ヵ月間、何度もそう言いかけて結局は言い出せなかった。

そりゃね。わたしまだ高校生だし、親父が心配するのも無理はない。

でも今すごく後悔してる。

もともと社交的でもなく、おおざっぱな性格のわたしがこんな格式高そうなお屋敷になじめるとは思えない。


逃げ出したい

逃げ出したい


親父は迷うふうでもなく歩いて行く。


そうか、親父はここに来たことがあるんだ

本当にここの家ってわたしの親戚なんだ

あれ? 玄関の引き戸が全開で開いてる??


「ごめんください。三田です」

親父が声をかけると、

「お待ちしておりました三田様」

と、即座に答える声がする。

恐る恐る親父の後ろからのぞき込むと、和服姿のお婆さんが三つ指ついてお出迎え

――って やっぱ無理!

絶対無理ぃ


本気で逃げ出しかけた時、誰かが後ろから腕を組んできた。


「うげっ!」


思わず踏み潰されたカエルのような声をあげちゃった。

やばっ! お婆さんが渋い顔でこっちを見てる。


「あら、ごめんなさい。驚かせちゃったわね」


腕を組んできた人が言う。

わたしより少し年上だろうか、優しい笑顔のお姉さんだ。


「志鶴ちゃんね? 従姉の羽竜彩名よ。よろしくね」


「彩名お嬢様」お婆さんがますます顔をしかめて言う。「三田様へのご挨拶が先かと」


「まあそうね。ごきげんよう、志郎おじ様。お久しぶりですわね」


「やあ彩名ちゃん、すっかりご無沙汰しちゃって。この度はお世話になります」


「お気になさらず。母もわたしも志鶴ちゃんがいらっしゃるのを楽しみにしておりましたのよ。さ、どうぞお上がりになって。母もお待ちかねですわ」


こうしてわたしは逃げ出す事もできず、彩名さんにしっかりと腕をつかまれ半ば押し込まれるように羽竜家の敷居をまたいだのだった。