KISS AND SAY GOOD-BYE






3週間の地獄の様な日々も終わり、俺はNS-第6スタジオの店長の坂田さんを助手席に乗せ、新星MUSIC日本支社に向かっていた。



今回の研修は、総勢36名が6人ずつ6班に分かれて行動していた。



俺は3班で、坂田店長は6班と、別々であった。



『お疲れ様、桧山君。』



「お疲れ様です、坂田店長。」



『それにしても、濃い三週間だったなぁ。』



「はい、疲れました。」



『毎日3~4時間くらいしか寝れてないもんなぁ。

午前中のマニュアル講義の時間は、地獄の様な眠気に悩まされて、午後からの挨拶の仕方や電話での対応とか、頭がボォッとしてミスの連発だったよ。』



「私はそれよりも、晩御飯食べた後からのレポートの方がヤバかったですよ。

マニュアル講義の内容をレポートに纏めろったって、午前中の眠たい中で書きとめた文字が、何を書いているのか全く解読できないくらいミミズが這った様な文字になっていて、情けなくて情けなくて……!」



『アッ、それ私も同じ!

30才過ぎると、なかなか体力は続かないし、眠気で集中力は持続できないし、頑張って講義の内容を書きとめたつもりなんだけど、ノートをみたら酷い酷い!

至るところ、象形文字の様な、速記の様な、まぁ殆ど落書き状態だったよ。』



「あの鬼教官、竹刀で後ろからバシッ!って、ビックリでしたしねぇ。」



『おかげで、瞬間だけ眠気は覚めたけどね!

深夜に、漸くレポートが終わって風呂に入ったら滲みる滲みる!

背中にミミズ腫れが出来てたんだから。』



「私もです。」



『後、二人一組で遣らされた、研修道場から静岡大学までの片道15Kmの夜間走行、往復30Kmだぜ!

それも山道!

登ったり下ったり、道に迷ったり、実際には40Km近く有ったんじゃないかなぁ。』



「あれは大変でしたよねぇ。

私は、極真空手の土用稽古で、良く山ん中走らされてましたから、問題無かったんですが、私のパートナーが体力無くて、1Kmも走らない内にへばってしまってたんですよ。

かといって、ほっといて行くわけにもいかないし、休憩しながらどうにかタイムリミットの6時間以内には戻ってこれたけど、結構ギリギリだったんですから。」



『私も、あれはきつかったぁ。

学生時代、サッカー遣ってたけど、それでもこの年なると、だんだんと無理が利かなくなるって思い知ったよ。』



「特に、行きの山ん中は、真っ暗でしたしね!」



『帰りの海沿いの国道150号線、あれも風がきつかったよなぁ。』



「そうですねぇ。

ずっと向かい風でしたし、潮風が体力奪っていくし、歩道のコンクリートで足首や足の裏が痛くなってくるし。

良い思い出になりました。」



『そうだな。

なかなか体験出来ないよなぁ。

駅前で社歌歌ったりスローガン叫んだり、あれもきつかったぁ。』



「ですよね。

それでも、本社研修に比べたら、まだ可愛い方だと思いますよ。」



『本社研修って、そんなに凄いのかい!?』



「はい。

聞いた話しなんですが、韓国の数ヵ所に研修道場が在るそうで、全て海や川や湖の近くだそうです。

そして、海沿いなら砂浜を何時間も走らされたり、川なら河原の砂利道の河川敷きを走らされたり、湖なんか、ぬかるんで足が沈んでいく様なところを走らされるそうですよ。」



『山道で良かった~‼』



「ですよね。」



『それにしても、こんな事を遣って何になるのかなぁなんて思っていたけど、遣り終わった後に納得したよ。

愛社精神は勿論の事だけど、発言力や忍耐力、決断力も結束力も、兎に角一回り成長出来たと自覚出来るよ。』



「そうですね。

序でに体力も付きました。」



『ハハハ、そうだね。

やっと家族にも会えるし、みんな元気にしてたかなぁ!?』



「ですよね。

今日は、支社に戻ったら1日休みですから、帰宅してノンビリしましょうね。

今、多摩川を越えましたからもうすぐですよ。」



『運転お疲れさん。

大丈夫かい!?』



「はい、問題ないです。

さぁて、帰ったらデートでもするか!」



時計を見ると、午後1時を少し回ったところだった。



まもなく新宿に在る新星MUSIC日本支社に到着だ!