Mに捧げる

そんなふうに記憶の大部分が欠落していることを、正樹は交通事故の後遺症だと言っていた。


依然として記憶は戻っていないままだが、さして深く考えることはなかった。


旧友たちの顔ぶれは忘れてしまったが、文字を書くことは出来るし、麻雀のルールや符計算だって覚えていた。


日常生活に何も問題はない。


『ごめんなさい。貴女のこと…全然覚えてなくて』


申し訳なさそうに首を折ると、都は呟くように言った。


すると、美佐子は慌てたように手刀を切り、『覚えてないのは当然よ。貴女はまだ小さかったし、会ったのは一度きりだもの』と説明した。


『父とはいつ頃から?』美佐子の顔色を伺うようにして、都は顔を上げる。


質問の意味を察したのか、美佐子はくすりと笑った。


『誤解しないで。貴女のお父さんと知り合ったのは随分前になるけど、お父さんは潔白よ』


潔白。という言い方が気に入り、都は口元を綻ばせる。


『じゃあ、母と離婚してから?』


『離婚してからと、結婚する前かな』


どういう意味だろう、都は首を傾げた。


すると、美佐子は照れ臭そうにこう言った。


『お父さんは私の初恋の人だったんだけど、貴女のお母さんに奪われちゃったの』