Mに捧げる

『久しぶりって…』都は眉間に皺を寄せ、抑揚のない声で言った。


確かに、安藤美佐子の顔には見覚えがある。


正確に言えば、この状況とよく似た場面を過去に経験していた。


しかし明確には思い出せない。


何時、自分と安藤美佐子は知り合ったのだろうか。


『私は貴女と会ったことがあるんですか』率直に質問した。


美佐子は小さく頷いて、『貴女がまだ小学校に入学したばっかりの時だったかな』と言った。


無理もない話だった。


小学校に入学した頃と言えば、六歳か七歳だ。


普通の人間は子供の頃の思い出を逐一記憶していない。


もっとも、十歳以前の記憶に関しては限られた出来事しか覚えていなかった。


不可解ではあるが、両親が離婚した日のことを鮮明に覚えているのにも関わらず、それ以降となる六歳から十歳までの記憶が殆ど抜け落ちているのだ。


目を覚ますと、都は病院のベッドにいた。


数週間後に退院したのだが、その直後養父の額を灰皿で叩き割り、祖父母の元に預けられた。


もちろん、小学校は転校した。


だがおかしなことに、転向前の同級生たちの顔を全く覚えていなかった。