Mに捧げる

枕に顔を埋めて、胎児のように身体を丸める。


枕カバーは正樹の匂いがした。


正樹が愛用していたシャンプーの香りに、煙草の匂いが微かに混じっている。


温もりさえ、残っているような気がしてならない。


枕を抱いた両腕をほんの少し伸ばすだけで、恋しい人の身体に触れることが出来そうだ。


けれど、都は微動だにしない。


石のように固まったまま、流す涙の向こうに、息絶えた自分の姿が垣間見える。


それが最も自然の成り行きに思えた。


父親がいなくなったこの世界に、最早何の未練もない。


明日正樹の葬式が終わったら、首を吊ろう。


そう決心した時、突然玄関の扉が開く音がした。


どきりと心臓が一跳ねする。


無我夢中で友人たちの連絡先を探していたせいか、すっかり扉の鍵を閉めるのを忘れていたようだ。


さりとて、恐怖心はない。


想像した通り、振り返るとそこには女性が立っていた。


だが予想外の態度に、都は怖じけづく。


女は恨みがましい目で、都を睨みつけると『あんたの父親は人間のクズよ』吐き捨てるように言った。


彼女が安藤美佐子であることはすぐにわかった。


それ以外考えられないからだ。


しかしこうもあからさまに、敵意を向けられるとは思ってもいなかった。


電話口に出た初老の男性、安藤美佐子の父親らしき人物は心配した様子で応対してくれたのだ。


彼女もまた同様にしてくれるとばかり、思っていた。


やはり、この女は父親の愛人だったんだ。


だから、私のことが嫌いなんだ。


そう思いかけた時、美佐子は声を上げて泣き出した。


がっくりと膝から崩れ落ち、まるで子供のように、わぁわぁと泣いている。


その身体は痛いぐらいに、小さく見えた。