Mに捧げる

受話器を置き、目をあげると壁時計の針は十時を示していた。


窓際に置かれた机の前に歩み寄り、二段目の引き出しを開ける。


未開封のラッキーストライクが目に留まった。


正樹が吸っていた煙草だ。


都はそれに火をつけ、大きく煙を吸い込む。


初めて手を出した時は視界がぐらんぐらんと揺れているような感覚を覚え、胃の残留物を全て吐き出したが、今は軽い痺れを頭に感じるだけだった。


もちろん、正樹はこのことを知らない。


年甲斐もなく頭を金髪に脱色しているような男ではあったが、不良行為を許す父親ではなかった。


この部屋で、親友の昌彦と互いの性器に触れ合っていた時もそうだった。


烈火の如く怒り狂い、『餓鬼の分際で舐めた真似をするんじゃない』と昌彦の身体を壁に叩きつけたのだ。


『都と将来結婚したいんです』昌彦が正樹にそう告げたのは一月前になる。


麻雀をしている最中だった。


正樹はぎろりと昌彦を睨みつけ、『俺より麻雀うまくなったらな』と巻き舌で言った。


その迫力に圧され、萎縮した昌彦は次の巡目で打ってはいけない牌を打ってしまう。


捨て牌を見れば、正樹が役満・国士無双を聴牌しているのは明らかなことなのにも関わらず、昌彦は北をツモ切りしたのだ。


しかし、正樹はロンの発声をしなかった。


北を引いてしまい、勝負を降りた都はせっかくの満貫手を潰されたと苛立ちを覚えた。


実は二向聴なのかもしれない。


中抜きした牌を引き戻したら、立直をかけよう。



嫌、それは危ない――そう思い立った瞬間だった。


正樹はツモと言って、手牌を倒す。


その和了牌を目にした都は思わず、声を上げた。


迂闊な昌彦を見逃し、自ら北をツモり上げ、正樹は国士無双を和了したのだった。