Mに捧げる

何の理由があって、正樹は工務店の電話番号をMと書き記していたのだろうか。


せめて、スナックやフリー雀荘であれば、正樹と親しかったホステスやメンバーに電話を代わって貰い、友人の連絡先を聞き出すことも難しくはない。


工務店は全くのお門違いだった。


電話口に出た初老の男性が、安藤工務店の店主であるのか、単なる作業員なのか見当もつかないが、顧客の名前を、それも一個人の名前を把握しているようには思えなかった。


そもそも正樹は、工務店に何の用事があったのだろう。


アパートの設備に不備が見つかったとしても、修理を直接頼むのはおかしな話だ。


『あの…』言い淀んで、都はうろたえる。


安藤工務店に、正樹が親しくしていた友人が働いている可能性も捨てきれないが、普通なら自宅の連絡先を教えるのではないだろうか。


様々な思考が廻り、うまく用件を切り出せない。


数秒の間があって、初老の男性は怪訝そうな声で尋ねてきた。


『もしもし、どちらさまでしょうか?』


都は唾を飲み込んだ。


黙っていては埒が明かない。


意を決して、正樹の名前を出してみることにした。