Mに捧げる

Mの正体が女性のイニシャルなのではないかという期待に賭けてみることにしたのだ。


Mは正樹の恋人なのかもしれない。


それも、Mの存在が離婚の原因になるような深い関係だ。


このアドレス帳は正樹が由香里と離婚する前から愛用していたもので、Mの連絡先が一番古い頁に記されていること、いつでも削除出来るよう鉛筆書きにされていることが、ただならぬ関係を臭わせていた。


少々強引な推理に思えたが、試してみる価値はある。


全く関係のない場所に繋がってしまっても、間違い電話を装えばいいだけだ。


コールサインが鳴った。


同時に鼓動が跳ね上がり、それを抑えるよう都は膝の上で拳を握り絞める。


推測が正しかったとして、Mが正樹の恋人…いや愛人であったのなら、彼女は自分をどう思うのだろう。


不倫相手の妻、その娘を憎んでいるのではないだろうか。


けれど、Mが正樹と縁ある人物ならば、他の友人たちに連絡をとってくれるに違いない。


そうであって欲しいと、切に願った。


コールサインが途絶える。


都は生唾をごくりと飲み込んで、真空のような無音に神経を集中させた。


期待に膨らんだ胸が今にもはち切れそうな思いがする。



しかし、思いも寄らぬ場所に電話は繋がってしまったようだ。


受話器の向こうからは『安藤工務店』と名乗る初老の男性の声が聞こえ、失望のあまり、都はがっくりとうなだれた。