…そりゃさ、あたしはこの人のことよく知らないよ?
てかぶっちゃけ全然知らないよ?
実は悪い人じゃないのかもしれない。
でもさ…やっぱり突然結婚しろとか言ったり、夫の前で告白してみたり、はたまた無理やりキスしたり。
…そんなこといきなりされたら、誰だって毛嫌いすると思わない?
常識がないんじゃないかしら。
「そうですか。ではこちらで検討しますので、資料お預かりできますでしょうか?」
「ああ、はい。どうぞどうぞ」
「!」
―バサッ
ちょっ……本当にコイツ、いい度胸してるね?
藤峰家次期当主に。
しかもその旦那の目の前で。
よくもまあわざとらしく手を握れたものだわ。
咄嗟に手をひっこめた拍子に落ちた資料を、かっくんが無言でかき集めた。
「失礼します」
そして一言そう言うと、あたしの手を引いて早々に応接室を…。
「真裕さん」
「……」
「……なんでしょう?」
「ご主人に言ってるんじゃありませんよ。僕は真裕さんに言ってるんです」
分からないかな…。
あたしが返事しないってことは、話す気ないってことだよ。
自分がどれだけ偉いつもりか知らないけど、あたしも自分が偉いつもりはないけど。
少なくともあなたよりあたし達のほうが立場は上だというのに。
取り引きを持ち込む側と、受ける側。
内容がどんなに良くても会社と…そこの人達と合わなければお断りすることはある。
自分の態度次第で大きな取り引き一つが潰れるってこと、分かってるのかな?

