もう会えない君。



「何してんの」
冷たい低い声が落とされた。


乱れた息を整えていると男の子の視線を感じ、顔を上げると案の定、男の子は私を見下ろしていた。


「えっと…九条、皐さんですか?」
私は男の子に問い掛けた。
すると男の子は首を縦に振り、「そうだけど?」と付け加えた。


「これ落としてましたよ」
私は先程、拾った定期入れを差し出した。


「え、あ、まじ?これ俺の?」
私はこくんと頷き、定期入れを彼の手に握らせた。


「…走って来た理由って……これが原因だったりする?」
そう言って、定期入れを指し示すから私は首を縦に振った。


一階のボタンを押していなかったと思った私は男の子から視線を逸らしてボタンを押そうとしたけど一階ボタンにだけランプが着いている事から押す必要はないと思い、壁に背中を預けた。


「…あ、ありがとう」
少し遅れて言われた言葉に視線を男の子に移して小さく微笑んだ。


初めて声を聞いた。
初めて言葉を交わした。
そして、この人の名前を知った。