次の年の3月、私は先ず国内B級ライセンスを取得。
そして、すぐにも筑波サーキット(準国際規格)を走り、国内A級ライセンスを申請した。
その国内A級ライセンスこそ、日本国内でレースに参加して良いという資格なのだ。
しかし、私には、レースに参加する為の車両も、資金も無いのが現状だった。
それでも、年に数回、国内のスピード競技に参加していた。
それだけでも前に進んでいる実感はあった。
また、この年の夏、筑波サーキットでの競技に参加。
マツダが主催するサーキットタイムアタックだ。
それは、国内B級ライセンスで参加できるスピード行事と言われるものだったが、それでも自動車での初の競技に興奮したことを覚えている。
そして、すぐにも筑波サーキット(準国際規格)を走り、国内A級ライセンスを申請した。
その国内A級ライセンスこそ、日本国内でレースに参加して良いという資格なのだ。
しかし、私には、レースに参加する為の車両も、資金も無いのが現状だった。
それでも、年に数回、国内のスピード競技に参加していた。
それだけでも前に進んでいる実感はあった。
また、この年の夏、筑波サーキットでの競技に参加。
マツダが主催するサーキットタイムアタックだ。
それは、国内B級ライセンスで参加できるスピード行事と言われるものだったが、それでも自動車での初の競技に興奮したことを覚えている。


