たったその一言で……

張り詰めていた緊張感が脱力へと変わった。


「土曜は……予定入ってんだ」


「あ。そっか。だよね……。ごめんね、急に誘って」


あたしは自分が今できる範囲で最上級の笑顔を作った。

落ち込んでる……なんて気づかれちゃダメなんだもん。



「あ、でも。今度この埋め合わせするからさ」


「えっ?」


埋め合わせ?

それって、あたしとデートしてくれるってことなのかな……?


「……っつても、あんま期待しないでね。今マジで忙しいからさ。卒研が落ち着いたら映画見にいこう」


「うんっ」


ああ……。

あたしって単純。

こんな……いつ叶うかわからない口約束一つだけで元気になっちゃう。

卓巳君にとったら、単なる社交辞令で、その場しのぎの言葉だったのかもしれないけど……。

それでもこんな小さな約束だけで、しばらくはずっと幸せな気分が味わえそうだよ。


ふいに卓巳君の視線を感じた。


優しい眼差しであたしの目をジッと覗き込む。


――ああ……キスされるんだ。


彼がキスをしようとする時はいつもなんとなくわかる。

ほんの少し顔を傾けて……切なげな目であたしを見るの。

卓巳君の目が好き。

色素の薄い茶色の瞳にあたしの影が映る。

長い睫毛が影を落として、伏し目がちになる。

だんだんと彼の香りに包まれて……あたしはそっと目を閉じるの。