「じゃね。バイバイ……萌香チャン」


それが卓巳君の最後の言葉。


それから一度も振り返らずに卓巳君は去っていってしまった。




――なんだ。

こんな簡単なことだったんだ。


簡単に始まったあたし達の恋は終わりも簡単だった。

拍子抜けするぐらいあっけないものだった。


卓巳君の背中がどんどん小さくなる。

涙で視界が霞んで……もうぼんやりとしか見えないよ。


卓巳君……。
卓巳君……。

追いかけてすがって……泣きつきたいのに、足が動かないよ……。



卓巳君にとってあたしは何だった?

今までも……これからもたくさん出会う女の子の中の一人にすぎないのかな。

あたしの顔も名前も……あたしと過ごした日々もすぐに忘れちゃうのかな……。



いつかふいに思い出してくれたらいいな……。


名前も忘れた女であっても……あんな子もいたな…って思い出して欲しい。

あたしの肌の感触や香りや声が……卓巳君の記憶の片隅にでも残っていたらいいな。



コートのポケットに手を入れて歩き出す。

指先が触れたのは来る時に商店街でもらったアポロチョコの箱。

あたしはそれをギュッと握り締めた。


卓巳君との日々は……アポロチョコみたいに甘くなくて……もっとずっとほろ苦いビターテイスト。


思い返すたびに胸の奥に広がるのは、痛くて切ない…味。