なんとそこには…たまたま来ていたという雅志のお母さんが。


「早く救急車を。」


そう言われて、呼びに行った司会の人に代わって、私が壇上に上がる。


「皆さん。
落ち着いて下さい。
他にも…この犬に噛まれたという方は挙手をお願いします。」


いないみたいだ。

良かった。


司会が戻ってきてから、第1R終了。


「あの…この犬…どうします…?」


「可哀想…
痙攣を起こしているわよ…」


私が…とっさにある薬が入った注射器を取り出す。

そうして、会場にお客さんに混じって人一倍、ツラそうな顔をした雅志を見つけた。

彼が頷くのを見てから、そっと…その犬の静脈部分に挿す。


その数分後…静かに息を引き取った。


獣医師皆…ポカンとしながらも、拍手を贈っている人もいた。

安楽死は…

実施するにはとても…


勇気がいる。


獣医師といえども…一匹の犬の命を奪わなければならない。

だけど今回の場合…仕方がない。
狂犬病にかかったら…犬も人間も…まず命はない。


この犬も…自分のせいで人間の命が危うくなっているということを…
どこかで理解していて…
後ろめたく思っているはず。
ビーグルは賢い犬だから…
それだけで十分、心苦しいのに…痙攣を起こしていて身体にも負担だ。

心身共にツラい状況から…早く解放してあげたかったんだ。