「ほら、もう直ぐ生まれるよ!」
「頑張って、もう直ぐお母さんになるんだから、しっかり気張って!」
「そら、出てきた、もう少しだから」
「うっ、ウギゃーオギャ―オギャ―」
「おめでとう、男の子ですよ」
年の頃は30歳半ばの産婆さんが、生まれたばかりの赤ん坊を産湯につけて
今産んだばかりの妊婦に向かって話し掛けた。
陣痛に髪を乱した妊婦の名前は山名奈実江と言う、生まれたばかりの赤子を見て
しあわせそうに、微笑んで見せた。
この生まれたばかりの赤ん坊と、その母親奈実江の辛い生涯は今始まったばかりだが
今の二人はまだそれを知らない。

二日後に奈実江の兄で高幸がやってきた、
「そんな話しはウチ(わたし)は聞いとらん!」
「この子はウチが産んだ子です。誰にもわたさん」
「だけん言うとろうが、このままではいかんて、戦争が終わって世の中がやっと落着いて
きたが、女がひとりで赤ん坊を育てられるような時代じゃない。」
「それにオマエはまだ若い、今からいくらでも嫁の話しはあるけん」
兄の隆幸が来たのは、奈実江と赤ん坊の行く末を案じて、赤ん坊の父親と話し合って
妊婦の奈実江の身体を考えて内密に取り決めた約束を話に来たのだ。

赤ん坊の父親は村田吉治、奈実江より7歳年上で仕事は官庁に勤める公務員、彼には妻
もいて子供も二人いるから、奈実江との関係は不倫関係となる。
奈実江とのあいだに出来た赤ん坊を引き取って、村田の家で育てる約束を山名高幸と
取り交わしていた。

「ねぇヨシタカ、いつまでもオマエは、かあさんと一緒だよ。」
奈実江は赤ん坊の名前を、自分でヨシタカと決めていた。それを聞いて兄の高幸は驚いた
「奈実江、オマエ、赤ん坊の名前をもう決めたとか、」
「うん、黒田官兵衛孝高のヨシタカよ、」
「それは、もう役場に届けたとか。」
「この身体やケン まあだ、届けとらんけど」
奈実江は戦国武将の名前を赤ん坊につけたらしいが、兄の高幸はそれを聞いて安堵した。
村田吉治のほうでは、向こうで決めた名前で戸籍を作ろうとしていたからである
奈実江は自分のつけた名前を隆幸に役所に届けさせるつもりだったがそうもいかなく
なった。