きいちが欲しがる刺激。それを神が与えたのか?それともただの偶然かは分からないが、衝撃とはいきなり現れる。
きいちがいつもの電車に乗り、いつもの席に腰を下ろす。彼の愛読書である新六法を開こうとバッグをまさぐり探していたら対面に誰かが座る。
彼は新六法を手に取り視線をふと見上げると、瞬間的に心拍数が上がり、心臓の音が聞こえたという。
未だかつてない衝撃に対し、彼は戸惑った。戸惑ったというより困惑した。
世界で自分だけ時間が止まっているようだった。流れる景色だけが動いてる、そんな気がした。
が、次の瞬間対面に座っていた女性は立ち上がる、これが運命のイタズラなのか?きいちはオモチャを取り上げられた赤子の顔をしていた。
立ち上がったのは彼女だけではなかった。気付けば電車に乗っている人間が自分と車掌だけとなっていた。終点に着いていた。楽しい時間はあっという間に過ぎるらしいが、正にそれを実感したそうだ。

明くる日から彼は彼女を探した。電車に乗る時間は彼の1日のサイクルの中で最も重要な時間となった。
『通勤が1日で一番充実した時間なんて可笑しい話だな』と彼は笑いながら話していた。

偶然の再開の日はそう遠くなく、彼女とは2〜3日に一度遭遇することとなる。彼女と同じ車両に乗る際、きいちは電車が故障しないか毎朝祈ったらしい。
人間の欲というものは罪深く、彼女の外見を見続ける内に彼女のことを知りたいと願うようになった。きいちは妄想は出来ても本気で話をすることは苦手で、そのまま一月が過ぎることとなる。降りる駅が同じで、駅のホームでサヨナラ、堪え忍ぶ恋も我慢の限界だ…