「私、この事務所を辞めようと思うの。」
紀子さんはしばらくの沈黙の後、何の前触れもなくそう言った。
「……何言ってるんですか!」
ここで紀子さんが辞めてしまえば、『Master』と『Cute Boys』が何のためにぶつかるのか分からなくなる。
僕が佳代と別れたことも、良介くんが悩んでいることも、全てがおかしくなる。
「……『Master』のみんなを私のことで振りまわしてしまって、本当に申し訳なかったと思ってる。特に奏太くんには、佳代ちゃんのこともあって、余計に。今まではね、『Master』の行く末を近くで見てたかったし、社長さんへの恩もあって、なかなか辞める踏ん切りがつかなかったの。でもね、もう『Master』は名実ともに一流のアイドルグループ。私はもういらない。なら、決意を決めて、私が去ればいい。すごく勝手だけど、今の私にはそれぐらいしかできないの。」
「……辞めてどうするんですか?」
僕の問いかけに、紀子さんは口を噤んでいる。
「良介くんのところに行くんですか?」
耐え切れずに、そう尋ねると、紀子さんは力なく首を横に振った。


