顧問と私たちと旅行部な時間

 女性顧問が1人1人のスケッチブックを静かに目を落としている。
 輪郭から描く者。陰影から描く者、それぞれの手法で描いている。

 顧問が琴子のキャンバスを見た瞬間、その落ち着いた顔が一変した。


「姫島琴子さんって言ったわよね?」


 ペンを持つ手を休めずに、琴子は「そうです」と無機質に答えた。


「えっと……、ボールペンで描いているのね」


 琴子が持っているのは鉛筆ではなく、ボールペンだった。


「真っ白な紙に失敗のきく鉛筆で描くなんて、迷いがある証拠です。
 その点、ボールペンは迷い線も描けない分、自分の気持ちが黒一色となって表れます」


「……良い心がけだわ」


 琴子と顧問の会話に、興味を持った見学に来た1年生たちが、琴子のスケッチブックを覗き込むと同時に絶句した。


「でも、これだけは言っておくわ」


 一呼吸置いて、顧問は言った。


「描いている物が違うわ」


 琴子はアリアスの右斜め横を描いているはずなのだが、スケッチブックに描かれているのは右斜め横を向いている仏像の顔だった。