「あの…佐野君…そんなに近くに立ってなくても…座ってて?」

「いや、また目眩おこすかも知れないから、直ぐに支えれるように…」

キッチンでお米を磨ぎ出した私の後ろに張り付き、佐野君は肩越しに私の手元を見ていた。

…ち…近い。

抱きしめられたり、バイクに乗ったり、佐野君とは何度も密着した事あるのに、変に意識してしまって、緊張してしまう。

佐野君の側に居ると、それだけで嬉しいんだけど、時々心臓が佐野君にも聞こえてしまうんじゃないかと思う程、うるさい位に大袈裟に鳴り出す。

今までこんな風になった事がなかった私は、この脈打つ心音をどうやったら静められるのかさえわからず、戸惑うばかりだった。


「…もう終わったから、お米…セットしてくる」

ドキドキと速度が速くなる心音を少しでも抑えようと、佐野君から離れて、炊飯器にお米をセットする。

……ふぅ。静まれ、心臓。

「どの位でご飯出来る?」

「…一時間位かな?」

「結構かかるね…」

「あっ!佐野君、もしかしてバイト?」

私ったら肝心な事忘れてた!

「バイト?今日は休み」

「……休み?」

「うん。でも今日休みでよかった、こんなに早く奏の手料理が食えるなんて、ラッキー」

「…手料理なんて…ただのカレーだよ…しかも残り物…」

「何言ってる?カレーは二日目が旨いんだぞ?」

と笑う佐野君。

また心音が速くなる。
確か人って死ぬまでの心音の回数決まってるって言ってなかったっけ?

確か前読んだ本にそう書いてあったような…

佐野君の側に居ると早死にしちゃうかも、私…

でも、それでもいいかな?
佐野君と恋人同士になれる訳じゃないし…

…はは。
何考えてるんだろ?私ったら…

「他にも何か作るね?」

せっかく佐野君と人目を気にせず二人っきりなのに、気持ちが沈む考えはやめよう。

私は冷蔵庫の中を覗き込んだ。

「いいよ、もうカレーだけでもスゲー嬉しい、早く食いたいな、それより奏はもう休んでて?」

「…でも…」

「他の料理はまたこの次って事で」


…またこの次…


たったそれだけの言葉が私の心を暖かくする。