「マスター、いきなりで悪いんだけど、俺。今月一杯で店、辞めさせてもらえないかな?」


暖簾をしまい、後片付けを終らせて、旨そうにビールを飲んでるマスターに俺はそう切り出した。


「は……?いきなりなんだ?」


案の定、ポカンと俺を見てそう言うマスターに俺は、カウンターに腰を下ろしてマスターと向かい合わせになる。


「……ごめん」

「まぁ…、いいけど。理由聞いてもいいか?」


恭介は休みで、響子さんも一足先に綾香ちゃんを託児所に迎えに行ってしまい、有線も切ってしまった静かな店内は俺とマスターの二人きり。


「アメリカに行くんだ…」

「………は?アメリカ?」

「うん」

「なんでまた、アメリカ?」

「バスケ……、俺、アメリカで、またバスケ始める…」


恩師の高田先生の事や、リョータ達の事。家族の事や、ヨースケやアキラの事。


今までマスターに話した事がなかった事を、俺は時間掛けてゆっくりと話した。


俺の話を黙って聞いていたマスターは、俺が一通り話終えると、既にぬるくなってしまったであろう、ジョッキ半分に残っていたビールを一気に飲み干し。


「……そうか、わかった」


そう言ってジョッキをコトリとカウンターに置く。


「急に、ごめん」

「何で謝る?別に悪い事じゃないだろ?過去に囚われて、消極的だったお前自身がそれに向かって行く決心を決めたんだ。俺にとっても喜ばしい事だよ」


マスターは俺にとって身内のような存在で、心からそう言ってくれているがわかる。


今までマスターには散々世話になってきた。


何かお礼をしなくちゃいけないんだろうけど、そんな事何も思い付かなくて。


黙って立ち上がり、マスターの為に、サーバーからビールを注ぐ。