まるで普通に会話でもするように、気さくに話す佐野君の口から出た言葉は、私の心に大きな衝撃を与えた。


「直ぐすむからさ?ね?お願い」


佐野君は腕を掴んでいた私の手に掌を重ねてきて。


次には佐野君に抱きしめられ。


「いいだろ?奏」


私の耳元で佐野君は囁くようにそう言った。


一体何が起こったのかわからず、私は硬直してしまったかのように、身体が動けなくなってしまった。


「一度奏とヤりたかったんだよ、俺。今まで抱いた事ないタイプだし」


佐野君は私の首筋に顔を埋めて、そこに口付ける。


「さすがに彼氏持ちには手出せなくてさ?でも、最後に一回だけならいいだろ?」


視界がぼやけてきて、熱くなった目頭から、堪えきれず一滴の涙が溢れた。


「秘密の思い出、作ろうか?彼氏には内緒で」


パシャマ越しに、胸の膨らみに手を当てる佐野君。


「……や」

「何?……奏」

「いやっ!!」


力一杯、両手で佐野君を突き飛ばし、佐野君は二三歩後ずさり、私は涙が堰(セキ)を切ったように溢れだした。


「佐野君はっ…、こんな事するような人じゃないっ!」


いつも優しく笑ってくれて、小さな子からも好かれるように面倒見がよくて。


佐野君の周りには、穏やかな空気が流れいて、それはとても居心地のいいもので。


ひとりで怯えていた夜に、私を優しく抱きしめてくれて。


以前の佐野君の事は覚えていないけど、少なくともそんな事言うような人じゃない。


絶対、そんな人じゃない。