「……でも、それは…、奏と知り合う前だ…だけど、今は…」
精一杯の言い訳の言葉は途切れ途切れで、それでも何とか繋げようとするけど、それ以上の言葉が続かない。
「その今を奏は覚えてないんだろ?」
そんな事は、わかってる…
「はじめから何もなかった事にすればいい」
「…出来るかよ」
自分でも聞き取れない程の低い声。
「とにかく、奏と別れるつもりなんかないし、これ以上お前と話しても無駄だ。帰ってくれ。出掛けるんだ」
「……奏が入院してるのに、お前は呑気に旅行かよ」
口から出るのはこんな幼稚で嫌味な台詞しか出てこない。
そんな俺を無視して佑樹は。
「じゃ…」
言うと佑樹は俺を通りすぎ、ドアへと歩き出す。
「待てよ、まだ話は終わってない」
俺がそう言うと、佑樹は大袈裟に肩を落とし、振り向いた。
「お前しつこいぞ」
「何でもする。だから…」
「何でも?」
「ああ」
「それじゃ、もう二度と奏に関わるな」
「そんな事出来るかよ」
「なら無理だ。それに、どうせ奏はお前の事なんか忘れてる。俺達が別れたからって、またお前が思ってるような関係に戻れると思ってるのか?」
「……どう言う意味だよ」
「また奏がお前に靡くとは限らないって事」
………奏が…
また俺を選んでくれるとは限らない……?
「元々奏はお前みたいなヤツが苦手なんだよ。それに、俺は将来を踏まえて奏との事を考えてる。俺とお前、どっちを選んだ方が利口かなんて、考えなくてもわかる事だ」
「…………」
何も言い返せない。
佑樹は駅前ビルを手掛ける程の建設会社の社長の息子。
豪華な家はそれ相当の資産さえも伺える程。
かたや俺の家はごく普通の家庭。
ましてやこれから俺は、自分自身の為に、成功するかさえわからない世界に足を踏み入れようとしている……

