◇◇◇




佐野君は階段の下から私を見上げて。


「わかってるから……」


笑顔を見せながら一言だけそう告げて、私に再び背を向けて階段を降りていく。


振り向きざまにほんの一瞬だけれど、今までに見たことが無いような悲しそうな顔をしていて、私はそれ以上言葉が続かなかった。


言わなくちゃ。
言わなくちゃっ…、て思っていたのに。


なかなか言い出す事が出来なくて。


シロの事も、決勝戦の事も。


もう………
終りにしようって事も……


佐野君はアメリカ行きを決めた筈なのに、いつも通りに優しくて、そんな素振りさえ見せなくて。


今日こそ言おうって決めて佐野君のアパートに行くけど、口から出る言葉はそれを固く禁じているみたいに、なかなかそれが出てこない。


佐野君の為だとはわかっているけど、言ってしまったら全てが終わってしまうのが……


凄く……、怖くて……


佐野君はアメリカ行きを決めたんだよね?

だったら何でいつも通りに私に接してくれるの?

どうしてそんなに悲しそうな顔をするの?


そんな顔されたら……、私……


「佐野君っ!」


手すりに捕まり階段を下まで降りきった佐野君を私は呼び止めた。


私を見上げる佐野君。
それを見下ろす私。


………言わなきゃ。


「何?……奏」


「あの……」


ダメだ言葉が出てこない。


「あ……、あのね…」


「……、大丈夫。気にしてないから」


佐野君はまた優しい笑顔を見せて、今度こそ私の視界から姿を消した。


私は手すりに捕まったままその場にしゃがみ込んだ。


佐野君は私が決勝戦に行けなくなった事を気にしてると思ってるんだ。


だから、あんな事を言ったんだ。


違うのに。


私はもっと酷い事を言うつもりなのに、佐野君の顔を見ると言えなくなってしまう。


想うだけでいいって思っていたのに……


佐野君がアメリカに行くって決まった途端に、私を置いて行くの?って思ってしまう卑怯な自分が大嫌いになってしまいそう。