「……追いかけないの?」


ノートを持ったまま呆然とその場で固まってしまった貴司に俺がそう言うと、貴司は沢田が走り去った先を見つめながら。


「え?何?どう言う事?あれ?」

「沢田は貴司が好きなんだって」

「あ……、うん。そう、だよな?」


貴司は明らかに動揺してる様子で、俺はその背中をバチンと叩いた。


「イテッ!何すんだよ!茜!」

「で?どうすんの?」

「……うん。そうだよな、うん……、取り合えず、追う」

「早く行けバカ」


貴司は俺にノートを突き返すと。


「わりっ!コレ無理っ!」


ミニバスで鍛えた駿足で俺の前から姿を消した。


後がどうなるか俺には想像つかないけど、貴司の反応からして悪い方には転ばないだろ?


頑張れよ沢田。


ずっしりと重たいノートの束を抱え直して、職員室へと向かって廊下を歩き出した。


何の傷害もない沢田と貴司が羨ましく思えて、そんな風に俺と奏にも何の傷害も無かったら、なんて今さらながらに俺達の秘密の関係がいつまで続くのかと、再び不安と不満が俺を押し潰しそうになる。


俺から視線を反らした奏が俺は相当ショックだったようで。


夏休みに入ってからは、毎日のようにうちに来てくれて、俺の為に飯を作ってくれて、いつも部屋の中を綺麗にしてくれて、そんな風にずっとこれが続いていくんだとばかりに俺は勝手に思い込んでしまっていたんだ。


ただ好きなだけなのに。


見つめるだけ、想うだけだった以前より今の方が遥かに辛くなってきてる。


想いが膨らみすぎて……


俺から視線を反らさないでくれよ。


………奏。


「佐野君……」


階段を降りていると後ろから声がして、その声に俺の心臓に鈍い痛みが走るけど、でもそれよりも喜びの方が大きくて。


「ん?何?……奏」


振り返れば今にも泣き出しそうな表情をした奏。


「あの……、ごめんなさい。私……」


俺が…、そんな顔をさせてしまってるのか?


……謝るなよ。


奏は何にも悪くないんだから。