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「お疲れー」

「おう。お疲れ、気つけて帰れよ?」


スキンヘッドのマスターが頭をピカリとさせて、いつものようにビール片手にカウンターの中から言ってくる。


俺はヘルメットを軽く上げ、入り口の引き戸に手をかける。


「うん」


バイト先である居酒屋。
響屋(ヒビキヤ)の引き戸をガラガラと言わせ、店を出るともうかなりの店が閉まりかけていた。


週末は賑わうこの通りも平日の夜は人通りもまばら。


空を見上げれば、まだ冬の星座で、夜の寒さがまだまだ続くようだった。


店の横の狭い隙間に停めてあるバイクを出し、エンジンをかける。


腹に響く音が心地いい。
カワサキGPX400R
俺の愛車。


アクセルを二三度回し、ギアを入れ走り出す。


俺に気付いた付近の店の店員や、キャバ嬢達が軽く手を上げてくる。


ここは繁華街。
顔見知りも多い。


それに手を上げ答えると、繁華街を抜け、国道に出る。


時間が時間なだけに信号も点滅が多い。


家までスムーズにたどり着いた。


家、といってもアパート。
一人暮らし。


駐輪場のバイクスペースにバイクを停めて、三階建てのアパートの二階に上がり、一番奥のドアに鍵を差し込む。


205号室。
俺の城。


ドアを開け狭い玄関で靴を脱ぎ、メットと鍵を靴棚の上に置き、電気のスイッチを手探りで点ける。


真っ直ぐバスルームに向かい、手早くシャワーで入浴を済ませて、やっと一息つく。


「……今日も疲れた…はは」


中年のサラリーマンみたいな独り言を呟き、思わず乾いた笑いが出る。


仕方ない、生活費は自分で稼ぐと言う約束で親元を離れ、一人で暮らしてるんだから。


両親もしぶしぶながらも了承してくれた。



全部、俺の我が儘だ……



跳ぶ力を失ってしまった俺は、一人になりたくて、逃げたして来たんだ。


辛かった。


毎日それしかなかったけど、楽しくて、地元でも期待されていて、あちこちから推薦入学の話も来ていた。


自信満々だった。
いつかプロになるつもりで毎日がむしゃらに練習していたのに。


突然その夢は絶たれてしまった。


日常生活に何ら支障はないと医者は言ったけど、激しい運動はもう出来ない。


俺はもう………


バスケが出来なくなってしまったんだ。